「 雑文集 」一覧

昭和な喫茶店

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JR鶴が丘駅近くの喫茶店「ジャバ」が閉店した。

店の中はちょっと薄暗く、朝はモーニングセット目当ての馴染みの客が新聞など手にしながらじっくりとたばこをくゆらす。夜になると各席にあるステンドグラスのライトがほのかに灯り、まさしくそこには「昭和な喫茶店」そのものの姿があった。

店はとても繁盛していた、、らしい。

またその向かいには同じ経営でコーヒーの粉をその場で挽いてくれて小売をしてくれるお店があり、その店にもかなりの常連客がいて、お店が閉店になったのを知ると絶句した人、店の前で立ち往生しているひとの姿を何人か見たことがある。

また意外にもその店で夏場だけ出しているソフトクリームが絶品である、、、らしい。

「らしい」x2のワケはわたしゃ「行こう、行こう」と思っててついに行かずじまいだったらであり、それらの噂は嫁さん経由で聞いたからであった。
しかし思えばだんだんこの様な「昭和な喫茶店」が減っきて、スタバとかドトール、はたまた最近はコンビニなどもその地位を侵されつつある現状に昭和人間としては少しばかり寂しさを感じるわけです。

ちなみにこのジャバが店を閉めた理由というのがここで働いていたマスターが店のお金を持ちだして、店で働いていた女性と駆け落ちをしたから、、という話だ。

いやはや、なんとも昭和な結末ではないだろうか・・・


丘の上の愛

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阪急芦屋川駅かロックガーデンへの登山道へ向かう道々、芦屋川の対岸の丘にまるでヨーロッパの建築を思わせるようなマンション群がある。調べてみると「芦屋リバービューアーバンライフ」というマンションらしい。

神戸、芦屋、西宮という地域は海側に有る家々(これを下町と呼んでいいのか?)と丘の上側(これを山の手と呼んでいいのか?)に君臨する家々とが実に対象的である。
この様なコントラストは大阪には無い。それはたぶん地形的なこともあるかもしれないが、むしろそれは歴史的な背景のほうが大きいような気がする。

しかしロックガーデンへつづく道を歩いていると、その坂を降りてくる車はベンツやBMばかりである。

赤いベンツが坂から降りてきた。また朝の10時ぐらいなのにライトを点滅させている。まるで山に向かっていくハイカーに「どけ」と言わんばかりに。そして僕達の直ぐ横をワザとすれすれに通り過ぎていくのだ。なんて嫌味でこころの狭いやつなのだろう、、、

そんな風に思っていたらふと浜田省吾の「丘の上の愛」を思い出した。

♪君がただひとり
心を奪われたあいつはまだ若く夢の他には
何も持たない貧しい学生
だけど九月の雨の夜
君は丘の上に住む誰かの
氷のような腕に抱かれて
未来を手に入れた
愛とひきかえに

愛が買えるなら
その涙の理由を教えて
愛が買えるなら
ため息の理由を聞かせて
いつわらずに

夜毎 冷たいベットで夢見る
丘を駆け降りてく夢
愛しい人のもとへ
戻ってゆくがいい
愛だけを まっすぐに見て♪


仰向け寝

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人間以外の動物は仰向けでは寝ない、と言う話を聞いたことがある。
そう言えばライオンやトラが仰向けで寝ている姿はテレビなどでも見たことは無いし、象やキリンなどは仰向けで寝ることすら不可能であろう。もちろん人間の身近にいる犬や猫もしかり。

しかしである、たまにこの様な「寝姿」を見ることがある。
これは「寝ている」ことには違いないが、果たして本当に寝ている(つまりSleepしている)のかと問われれば難しいところではある。

と言うのもこれはあくまでもお腹を上にして寝転んでいる、だけであって、Sleep状態にはおちいってないのでは無いか、、などと思ったりもする。その証拠に寝息は漏れてこないからである。
また、このお腹を上にすると言う行為はおそらく身体の熱をお腹から放射しているのではないか、と思うからなのです。

まぁでもわざわざソファーまで上がってきて寝転ぶ、というのははっきり言って不合理。だってソファーのカバーと言うのは結構暖かく、毛のたくさん生えているミニチュアダックスはそれだけで暑いんじゃないかと思うのですなぁ、、、もう少し涼しい場所、、、板の間とかそんなところがあるのになにゆえソファーなのか・・・それが不思議なんだな。


島ラーおじさん

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石垣島から友人が帰省してきてちょっとした囲む会が催された。彼とは小学校、中学校、高校と同じなのだが、その中で同じクラスになったのは高校2年の時のみ。

しかも高校2年の終わりに仲良し5人組(?)で旅行に行ったメンバーに入っていたのだが、お互いにその存在もすっかり忘れ、同窓会サイトゆびとまでその名前を見つけても「なんか知ってるなぁ」というぐらいの薄情な関係であった(笑)

昨日集まったのは10人余。その中のメンバーからの無茶なお土産要求にも「無理やわ~」と言いながらもちゃんと買ってきてくれる顔に似合わずマジメな男なのだ(オレだったら絶対に買わない w)。

そんな彼は去年の1月に脳出血で入院し、その後しばらくして退院、後遺症も最初は少し言語障害があったが、昨日の彼は口の滑りが悪くはあったがそれは「彼本来のもの」なのでまったく心配は要らないのであった。

そうそう、昨日の皆の最大の関心事は30kg痩せた彼の姿を見る、事であった。医者に「太り過ぎや、痩せなはれ」と言われた彼はその大きくなった巨体から独自の「痩身技術」を駆使して30kgものダイエットに成功し、未だにそれをキープしているというのだ。その「秘訣」をS子などは真剣に聞きたがっていた。

そしてその痩身技術というのが、、、

「夜は豆腐だけしか食わんねん、、島豆腐な」

「え?」

「それか刺し身だけやな、、」

「げ?」

そら痩せますわなぁ、、、
でもな、一般の人には無理やわ、、

それ「生きるか死ぬか」を迫られた人にしか出来ない苦行やわぁ、、、秘訣も何も無いわ、、、そら痩せる。
まぁでもだ、小中高と同じで、高2の終わりに一緒に旅行に行って、それを忘れている薄情な仲であっても、こうして元気で会えることのなんと嬉しい事なのか、、、そのことをつくづく感じた夜であった。

そしてこの「石垣島島ラー油」ありがとさん、美味しく頂きます!!そして長生きしろよ!


アーモンドの実

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長居公園に一本だけだがアーモンドの木がある。
春には桜と似たような花を咲かせてくれるので、写真の被写体にもなってくれたのであるが、この前ふと前を通ると「何かの実」が落ちているではないか。

はて、これは何の実かな?

と思ってよく見てみるとアーモンドの実であった。
じゃあということで持って帰って中がどうなっているのか調べてみた。

まずは上の写真。
タネのをまるまる残したまま半分にカット。
食べられるような実はほとんど無く、タネは桃のタネのようだ。

そしてそのタネを半分に切ってみた。
それが下の写真。

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タネ(核というらしい)の中からアーモンドらしきものが出てきた。
これは「仁」というらしい。
これはそのままでは食べられないので炒るか、揚げるかして食べるらしい。

先に言うと来ますけど、この仁は食べておりませんので!!


平均年齢

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ヤンマースタジアム長居にて、、今日と明日は「a-nation」のライブがあるらしい。
まぁa-nationと言われても「何その、カーネーションの親戚みたいなの」と言う人のほうが多い我ら世代。
簡単に言うと
「音楽・映像の企業団体エイベックスグループが毎年夏に開催している音楽関連イベント。」
らしい、ただし現在はエイベックスに所属している歌手だけでないらしく、22日は以下のタレントが出演するらしい。

BIGBANG / AAA / E-girls / EPIK HIGH / 浜崎あゆみ / 倖田來未 / ソナーポケット / TRF / MACO / FUTURE BOYZ / Raychell feat. RICKEY&RABBIE / 逗子三兄弟 / and more!!

知らんやろなぁ~?
浜崎あゆみと倖田來未とTRFはかろうじてわかるが、あとは

「???」

なのですな。
まぁでも、それはそれで結構なことで、写真の彼女たちはこの暑い中グッズを買うために長蛇の列を作っていましたよ。

みんな若いなぁ、、、
おそらくそのほとんどが10台の後半ぐらいかな?

ミスチルのライブもこの前ありましたが、その平均年齢はおそらくa-nationに来ている人達より20歳は上だなぁ、、、

そして、次の週にあった福山雅治のライブに来ている人は更にその上をいく・・・・怖くて言えませんが(笑)


パクリ疑惑

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以前、友人が長居公園のひまわり写真をアップしていた。

「あぁ、これなかなか良いアングルやなぁ、、」

と思って自分でもチャレンジしてみた。その写真を思い浮かべ、たぶんこの位置からこういうレンズを使って、こんな風に切り取ったんだろうなぁ、、と想像しながら。

まぁ写真の世界ではこれは「パクリ」というのかどうか、、、まぁ同じ被写体、同じアングルで完全に真似っ子して撮ったんだから「パクリ」なんだろうなぁ、、、でもこの中でも少しオリジナルがある。彼のは人が入っていないが(たぶん人が居ないのを見計らって撮った)、僕のはあえて人を入れているのですよ(右端の中央ね)、でもあまりアクセントになってないな(笑)

でもな、オリジナルに比べてひまわりの元気が無いの・・・
これはまさに「しゅん」っていう状態やわ(涙)

オリジナルはこれです。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=489934884504936

ひまわりがとっても黄色くて元気!!!


あの日、僕らは戦場で~少年兵の告白~

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録画していたNHKテレビ「あの日、僕らは戦場で~少年兵の告白~」という番組を見た。

昭和19年、アメリカが沖縄に上陸する前に14歳から17歳までの少年兵を新たに徴兵し、彼らに武器をもたせて日本軍兵士にしたてたのである。その目的はアメリカ軍の本土上陸(沖縄上陸ではない)を阻止するために沖縄の2つの拠点でゲリラ作戦を行わせるためだった。

その名も「護郷隊」。「郷(故郷を」「護(守る)」ための部隊。

君たちの故郷(または親や兄弟)を守る為に戦くのだ、というスローガンがここにこもっている。単に若い兵士が出兵で不足してきたため、子供たちを急遽兵士として戦いに借り出すための口実として。

このために軍部は法律をわざわざ改定し、14歳から兵役につけるようにした。そしてその前提条件としては「徴兵」ではなく「志願」すること、であった。
しかしそれはあくまでも建前であって、集められた当時の少年たちの前で士官はこんな事を言った。

「逃げるのは構わないが、逃げたら死刑である」

これは言われた子ども達にとっては(大人でもそうだが)徴兵そのものである。建前うんぬん関係なく、強制連行そのものである。

そうやって徴兵された子ども達は洗脳されていく。ある時はもう嫌というほど殴られて、またある時は日本刀で脅かされながら、、、彼らは「敵を10人殺したら死んでもいいぞ」と上官から「命令」される。10人殺すまでは「この状態から逃れることは出来ないのだ」。

彼らは自分が生まれ育った家を焼き払い、友達が死んでいっても「何も感じることが出来ず」まさに殺人鬼のロボットのようになっていくのであった。

さて、以前安保法案に関連して「徴兵制」が復活するのではないか「だから安保法案反対」というような事を法案反対派が「反対理由」としてスローガンにしていた。
それに対して賛成派は「徴兵制など絶対にありえない」という。その理由の一つには憲法がそれを許してないこと(憲法を無視するような法案を通そうとしてるのにね・・・)、そしてもう一つが「徴兵制で集められた兵隊など『使い物にならない』からである」という話。

その根拠というのがこの岡田真里さんという陸上自衛隊予備自衛官(現役なのね)のブログである。

岡田真理のほじくりコラム「徴兵されないか不安なみなさんへ。」

さてまずはこの方の衝撃的な文章

結論から言うと、みなさんが徴兵されることは絶対にありません。
なぜなら、「あなたたちは使い物にならないから!」です。
嫌な言い方してすみません。
でも、事実、そうなんです。

「使い物にならない」から徴兵制はない。

なんという分かりやすい理屈だろうか。
会社だってそうである、使いものにならない人を雇いたいと思うだろうか?思わないよね?

だから徴兵制はない。

のだそうだ。
その「使い物になる」か「ならない」かの分かれ目は「志願するか、しないか」だそうだ。

めちゃくちゃだよなぁ、、と思う。
よくこんなものを読んで「だから徴兵制はないのだ」という理屈になるのかが不思議。

まぁ僕も基本的には徴兵制などには絶対にならないと思います。理由はこれだけ「集団的自衛権」だけでも反対者がいるのに(たぶん反対のほうが多い?)、徴兵制などというのはあまりにも「時代に合わない」からである。ただし「経済的徴兵制」にはなると思うし、それは今の自衛隊ですら少なからずあるんじゃないでしょうか?違うかな、、自衛隊の隊員はすべて「国を守るため」という尊い意思を持ち志願してきた逞しいプロ集団なのだろうか、、、

話を「あの日、僕らは戦場で」に戻す。
くりかえすが、ここで集められた少年兵士たちは徴兵(または強制)によって集められた少年たちである。彼らは何年訓練をして戦場に立たされたであろうか?そして彼らが集められた理由はなんだったのか??

インタビューに答えた少年兵生き残りの老人がこうつぶやく

「友達が死んでも、相手が死んでも、そして自分が死んでも、何も思わんかった・・・」

戦争とは人間をそんな「無感情」の生き物に仕立てていくのである。逆に言うと人の心を持っていたら戦争などできないのではないだろうか。
「使い物にならない」人も「使われる」のだ、それが戦争である。


「頭のよい子が育つ家」

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子供がまだ小さい頃、この本の存在を知った。

「お、これこれ!」

と思った。
見出しだけでは分からないが、サブタイトルに
「できる子は、子供部屋では勉強しない」
とあったからだ。
いや実は僕が中学校の頃、自室で勉強をしていてしばらくするとどうしても「息抜き」をしたくなる。
この息抜きは例えば「寝る」事であったり「ギターを弾く」事であったり。
そしてこの息抜きをするともう勉強に戻りたくなくなる、、、という「魔の誘惑」でもあったのだ。

で、仕方なく家のリビング(と言っても狭い狭い6畳の部屋)で親や弟がテレビを見ている横でコタツに身体をねじ込んで勉強をしていた。それだとめちゃくちゃ集中するわけではないが、雑音に惑わされながらも勉強が進んだ覚えがあった。

はて、これってやっぱ俺がダメ人間だからかな・・・

当時はそう思ったものだ。息抜きで仮眠をとるとバッチリ朝まで寝てしまうし、誘惑という悪魔に何度も何度も負けてしまう意志薄弱な少年であったことは確かで、他の友達が自室で夜遅くまで勉強をしている姿を想像しては自己嫌悪に落ちていたのでありました。

でもこれを読んで少し納得した。自分の学習方法は正しかったのだ、、と。

ただしね、この方法は頭の良い子は「より良い子に」、そしてそうじゃない子は「それなりに」なので、お気をつけ下さいまし、、あ、僕も「それなりに派」でありますです、、はい。


中国の軍事拡大は日本にとって脅威なのか?(下)

さて結局僕達「素人」は中国の軍事拡大(と言われているもの)が我々日本にとって(ここ重要)脅威なのか、それとも脅威じゃないのか、それとも少なくとも「今は」脅威と捉える必要はないのか、、それは分からないのです。

これはたぶん殆どの人が想像や憶測で物を言っており(双方の立場共に)、それを聞いている人がいてその人達はその「想像で物を言ってる人たち」の言葉を信じてまた物を言ってるのですね。

じゃあなぜそんな想像や憶測が出てくるのか?
特に安保法案に賛成している人の立場から言うとそれは「漠然とした恐怖」なのだと思う。そしてそれはふるまいさんの言うように「いくら口で説明しても納得してもらえないもの」なのであろう。

「だって南沙諸島では実際に埋め立てを始めてるんでしょ?」
「あれって土地を勝手に自分の領土にしてるってことじゃないの?」
「尖閣諸島だってそうだね、中国の領海侵犯がひっきりなしにあるじゃない」
「それって将来は『日本も自分の領土に」しようとするってことでしょ?」

さてこんな「恐怖」にいくら「それはありません」と言っても「いやあるはず、だって中国だもの」と言われてしまえば、もうそれ以上説得することは出来ないのです。

これは、簡単に言ってしまえば高所恐怖症の人にハルカスの屋上に登ってもらい、手すりの近くまで連れてって「怖くないでしょ、手すりがあるし」って言ってるのと同じ気がするんですね。
要は、「怖いものは、怖いねん」ってことなので。。

ただ安保法案賛成の人たちも「戦争をしたい」とか「徴兵制を敷かないと」とか「戦前日本人が持っていた道徳観を取り戻す」とか思っている人は多くないだろう。永江さんが言ってるように、相手を牽制するため、もしくは抑止力にするための集団的自衛権、という考えの方がかなりを占めているんじゃないか、と思う。

しかし、安保法案賛成の人たちの中には「嫌中、嫌韓」で、それらの国に対抗するため(舐められないため)に日本も集団的自衛権から始まる正式な軍隊を持たねばならない、と思っている人も少なからずいる。それはまだ分かる。向こうがやってきたら、やり返せ、という単純な思想だから。

それより分からないのは今の閣僚19人のうち15人を占める日本会議という極右団体が目指す戦前回帰の思想である。そんなアナクロニズムな思想を今の我々に押し付けられたらたまったもんじゃないのだ。そしてそんな国会議員がうじゃうじゃいる、という今の御時世、、いったいどうなることやら、、、