「 科学 」一覧

五十肩

この前、キノコフレンドのS木さんのとこに鍼をしてもらいに行った。
アゴがハズレたという投稿をした時に
「一度鍼したるからきなはれ」
とのお誘いを受けていたのと、指や腕の関節があちこち痛かったので(転んだり、捻じ曲げたりして)、キノコ観察の帰りに東三国の鍼灸院に立ち寄ることにした。

鍼をしてもらいながら悪いところをモミモミ、モミモミ(この響きやらしいな w)してもらいつつ、関節の痛みが治らない理由とかそんなもんのお話をペチャクチャ、ペチャクチャ。

そうしてうつ伏せに寝て腕を後ろに回した時にちょっと肩が痛いのを思い出した。

「あ、そうそう、左の腕を、こう背中の方に持ってくると痛いんですよね~」

S木さんにそう説明して、左手を背中の方に持って行った。

「いや普段は何とも無いんですよ、これで腕立て伏せもやってるし、懸垂だって10回はできますし、、」

確かに日常生活ではまったく何も支障が無かった。ただ背中がかゆい時にイテテテとなるだけなのだ。

「ほぅ~それはね、、五十肩やね」

しれっと言うS木さん。

「整形外科に行って病名をつけるとしたら」の話ですよ。
もちろん、これぐらいの痛みで整形外科に行く人はいないだろう。なので「あえて名前をつけるとしたら」ということになるんだろうけどね。

しかし「五十肩」とな!!

いままで五十肩になった、と言う人が何人か周りにいるが、オレはまったく無縁の人だよなぁ~と思っていた。しかも五十肩の人たちに対してかなりバカにしていたではないか!!

やばいなぁ、、、

ここでカミングアウトしとこかな、、

「僕も五十肩でした、、これから五十肩ファミリーとして仲良くしましょう~」

なんてね。

いやいや、でも五十肩といっても「度合い」が違うもんな。懸垂も10回は出来るぞ、しかもL字懸垂だぞ。
それに対しS木さんは

「五十肩は簡単に治せますよ」

と言って治療をしてくれた。

「五十肩の理屈は簡単でね、筋肉と筋肉がくっつた状態になってるんですわ、、なのでそれを剥がしてやれば良くなってきます」(説
明はうろ覚え)

と言ってゆっくりゆっくり剥がす作業を続けてくれた。
おかげさまでまだちょっとは痛いけどかなり後ろにまわせる状態になった。

しかし、運動してても五十肩ってなるのね、、、

そう言えば先輩のK本さんもあれだけスポーツクラブで水泳やテニスやしてるのに、

「じょーじ、おれ実は五十肩やねん」

って言うてたなぁ、、

「いやいや、あんた60歳でんがな、、」

と軽口を叩いていたバツがあたったのか、、、
きっとそうだ。


尾頭ヒロミ待望論

NHKの解説委員7人で行われた討論番組「どこに向かう 日本の原子力政策」は見応えがありました。

原発に賛成、反対という単純な2元論ではなく、今後の原子力発電所が持ちうる未来について「まっとうな意見」が交わされていた。しかもそれがNHKの生放送として放映された、というのが意義深かった。

もし観てない人があれば一度ご鑑賞を。

「どこに向かう 日本の原子力政策」

さてその番組の中でも散々名前が出ていた(そしてけちょんけちょんに言われていた)原子力規制委員会が、ついこの前こんな基本方針を発表した。

『原発の廃炉で出る放射性廃棄物のうち、原子炉の制御棒など放射能レベルが比較的高い廃棄物(L1)の処分の基本方針を決定した。地震や火山の影響を受けにくい場所で70メートルより深い地中に埋め、電力会社に300~400年間管理させる。その後は国が引きつぎ、10万年間、掘削を制限する。』

まじですか? (*_*)

シンゴジラを観た人がこの発表を見たらきっとこう思うだろうな、、、「尾頭ヒロミよ、現れてくれ!」とね。

シンゴジラの中でも政府御用達の学者たちは能書きだけは立派なもののシンゴジラへの対策に関してはまったくの「役立たず」であった。そんな役立たず達に任せていても拉致があかないので急遽「デキル人たちを集めた」プロジェクトチームが作られる。

日頃は陽の目を浴びてない人たち、、、

映画なので面白みを増すために、そう言った対立軸を作ったのだろうけど現実世界でも似たようなものかもしれないのは、この原子力規制委員会の発表がいみじくも物語っている。

放射性廃棄物はこうやって埋めるしかないのか?

今の技術では無理かもしれないが将来は無毒化することが出来ないのか?

そして未来の尾頭ヒロミを育成する気はないのか?

これは日本だけじゃなく世界の未来がかかっている。
子孫にそんな禍根を残していいわけがないのだ。


アゴ外れる、アゲイン

14114982_1371394562890142_8951100352667678516_o

凹んだ、、まじ凹んだ、、、

生駒縦走を終えて、疲れきった身体に晩飯注入をしていた時のことだ、口を開けた時にまた「カクッ」という音がなったかと思うと、右アゴのあたりに激痛が・・・

ありゃりゃりゃ、、またやってしもた、、、

だって何日か前にアゴが元に戻ったって大喜びしていたところであったのだよね、、、しくしく。
その原因はこのピザ。

こやつのおかげで何ヶ月かかってやっと戻った僕のアゴがまた外されてしまったのだ。
そう言えば、、と思い返してみると前回外れた時に食べていたのがパスタだったな。。
もしかして、、、

これはイタリアンのたたりじゃないのか、、、

このピザ?ギブアップしたよ、、泣く泣く (T_T)


アゴ戻り記念日

何ヶ月前だろうか、嫁さんとスパゲティを食べている時にカクッと言う音がした様な気がした。

その瞬間アゴに激痛が走りアゴが外れ、「アゴがはゆれらみりゃい」と嫁に言うとバカ笑された、と言う記事を投稿したことがある。

あれ以来、、、

そうあれ以来アゴは外れたままであった。その後、歯医者の緒形の所へ診察に行き、歯科衛生士のお姉さんにもバカ笑いされながらもレントゲンを撮ってもらい診断された結果は、、、

「アゴは外れては無いけど、外れかけとるなぁ〜〜」
「で、治してくれんのか?」
「うーん、外れたら入れたるけど、この状態から入れるのは俺は無理!」

と言われ死刑宣告の様な感じでアゴが外れるのを待たねばならないのか、、、と凹む。

「でもなぁ、中には勝手に戻る人もいるしなぁ、自由に外したり、戻したりする人もおるからな!」

あまり気休めにはならんが、自由に外したり入れたりはなりたく無いな、、、と思った。

どうも僕のアゴは外れやすいアゴらしく、そのレントゲン写真を見て「外れやすさ」の原理を実感する。
めちゃくちゃ痛くは無いのだが、外れかけ感の気持ち悪さと大きく口を動かした時に、噛み合わせの悪い感じの痛みがあった。

しかしだ、、ここ何日かアゴの違和感が無くなっている。

タコを食べてもイカを食べても痛く無いぞ、、、、

これはもしかして「戻った」という事なのか?
カクッとも何も言うて無いけど大丈夫なのか?

でもいつだったのか、俺のアゴ戻り記念日は???


今日の献血

IMG_9035 (1)

仕事をちょい抜けて久しぶりの献血なり。

しかし、、、またもヘモグロビン濃度が足りなくって400ml献血できず、成分献血になりもうした(しゅん)。

400ml献血するには最低でも13.0以上の濃度が必要。
いつもぎりぎりのところにいるんやけど、今回は12.2。

全然あかんやん、、、(しゅん)

成分献血するには心電図の検査がいるそうで、足首と手首、そしてお腹のところに何やら電極のちめたいものをペタペタと貼られている間、検査してくれる看護婦さんとちょっとお話。

「何でヘモグロビン濃度低いんでしょうね~」
「あぁ、もしかして運動とかしてはります?」
「えぇ、山登りとか、、、」
「ですよね~ランニングしてはる人とか低い人が多いですよ」
「あぁ、今朝ジョギングしてきました」
「ははは、私の知り合いの消防士さんなんか、めっちゃアスリートなんですけど、いつも11ぐらいしかないですよっ!!」

少し勇気が湧いてきた(笑)


汗の量

昨日一緒に山を歩いたT嶋くんとH野さんは顔からも上半身からも下半身からも汗をドバッとかくタイプで、ちょっと急な山を登ると風呂あがりのような状態になり「おいおい大丈夫か?」っていう感じなのですが、僕はどちらかと言うと顔はほとんど汗が出ずに上半身にしっとりかくぐらいなのですな。

どちらが良いのか、悪いのか、判断しかねるのですが(まぁ体質の問題だと思っておりますが、、)、真冬に電車に乗ってきたおデブちゃんが顔からしたたり落ちるような汗をかいているのを見たら、おデブちゃんじゃなくって良かった、、とホッとする。

しかし一体どれ位が人間の「適量」なのだろうか??

ちなみに数値的に言うと、T嶋くんは5kmランニングすると1キロ以上体重が落ちるらしいが、僕は4km走っても300gしか落ちなかった。1kmの差はあるが、誤差の範囲だとしたら、T嶋くんは僕の3倍以上の汗をかいてることになるんだよなぁ・・。

さてどうなんだろうか?汗の専門家おるかな?(笑)

『追記』

FB友達の鈴木さんが「体のプロとして・・・」としてこんなアドバイスをくれた。

汗を出す一番の目的は体温調整です。
自律神経が乱れている人ほど、体温調整が上手く行えずに、同じ行動でも多くの汗をかきます。
特に喫煙者のほとんどは、かなり自律神経が乱れていますので、すぐに汗をかく人が多いです。
あと、ポッチャリさんは痩せた人に比べると多くの汗をかきます。
これは、普通にしている状態でも脂肪の保温効果で、痩せた人が常にダウンジャケットや着ぐるみを着ているのと同じ様な感じですね(^o^;)

また、鍼灸師でもある鈴木さんは自身のブログでこんなん書いてました、と紹介してくれたのが実に的確!!

「体温と病気の関係」
http://ameblo.jp/nature-energy/entry-12179910591.html

この中で重要なところを抜き出しますと

暑い時に体から熱を放出して体温を下げたり、寒い時には体で熱を算出して体温を上げるのが『自律』なのに対して、エアコンなどにより、暑い時は周りの温度を下げて暑くない環境を作ったり、寒い時は周りの温度を上げて寒くない環境を作るのが『他律』です。

現代では、日中は職場で冷暖房完備、家に居る時も冷暖房完備・・・と、他律にまかせっきりの方が多く、自律神経が正常に機能していない方が余りにも多くいらっしゃいます。

簡単な実験ですぐに判るのですが、うちに来られる約8割の患者さんに、交感神経の過緊張がみられます。

特に、周りの誰もが汗もかいていないのに、一人だけ異常に暑がられる方や、みんなが心地よい涼しさを感じている時でも、一人だけ異常に寒がられる方は要注意ですよ!

らしいです!!


氷河時代 -化石でたどる日本の気候変動-

DSC00634

大阪市自然史博物館で開催されている「氷河時代 -化石でたどる日本の気候変動-」を観てきました。

まだ初日だったからか、朝10時ぐらいに行ったからなのか、まだまだお客さんは少なかったようで、まぁ観る方としてはゆっくり見れるし、写真も撮れるので個人的には大変よかったですね(笑)

あ、ちなみにここ大阪自然史博物館では基本的には写真撮影OKとなっております。しかし今回マチカネワニの撮影だけが禁止だった様に例外的なものを除いて、ということだけ注意してもらいたい。

氷河時代とは?

さて、入り口を入って直ぐ右手の壁にパネルがあり、それを読んでまず驚いたのは、

「氷河時代とは?」という説明。

地球上に大きな氷河がある時代を氷河時代といいます。逆にほとんど氷河がない状態を、無氷河時代といいます。約260万年前にはじまる新生代第四紀は、南極大陸などを氷河が覆う氷河時代です。つまり現在も氷河時代です。

そうか、、現在も氷河時代だったのですね、知りませんでした。

ただし現在は「氷期」と「氷期」の間を表す「間氷期」にあたるそうです。
ではもっとも近い氷期はいつだったかというとそれは約1万年前に終わったそうです。つまりマンモスなどが地球上をわが物顔で走り回っていた時代は1万年前ぐらいに「終わった」と言うことなのですね。

※カールの模型
中央アルプスの木曽駒ヶ岳にある千畳敷カールをモデルに作成さてた、カールと呼ばれる氷河が溶けて侵食された谷の模型図です。
なかなかの力作!!(笑)
DSC00647

なぜその時代の気候がわかるのか?

氷河時代の中にも「氷期」と「間氷期」というのがある、というのは分かりましたが、どうやって現代にそのような気候変動があったということが分かるのでしょうか?

少なくとも我々が「普通に」生活していくうえでは、そして何も気にしないで生きている間には過去の気候変動の痕跡など見つけたり、感じたりすることは出来ないでしょう。ただ「そこ」にあるものの「出き方」や「成り立ち」を調べて行ったら、そこから過去の出来事が見えてくるのですね。

さて、ここにこんなパネルがあります。
これは「ヒラシマミズクサハムシ」という虫から「その時代の気温」を調べるという説明が書いてあります。

DSC00657

1.化石が見つかる
2.種が判明する
3.現在の分布を調べる
4.すんでいる自然環境
5.気温を調べる
6.推定する

ここでは虫にスポットを当てて説明されてますが、虫にかぎらず植物や動物でも同じことが言えるんじゃないでしょうか?

また、その化石が見つかった地層を調べると、それ何年前かの地層だったのか?ということがわかる。

※放射性炭素年代測定

地球自然の生物圏内では炭素14の存在比率がほぼ一定であり、動植物の内部における炭素14の存在比率は、死ぬまで変わらないが、死後は新しい炭素が補給されなくなるため、存在比率が下がり始める[1]。この性質と炭素14の半減期が5730年であることから年代測定が可能となる。
「Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E5%B0%84%E6%80%A7%E7%82%AD%E7%B4%A0%E5%B9%B4%E4%BB%A3%E6%B8%AC%E5%AE%9A

あまりネタバレになってもいけないので説明は控えるが、もう一つの大きな疑問「なぜ氷河時代というものがあるのか?」という説明もあった。
全地球史の中では実は「無氷河時代」というのが普通だったそうですが、そんな地球にも何回か氷河が存在する時代が訪れることになるのですが、、、、それはまた来てのお楽しみに。。。

大阪の地層を調べる

展示の中盤からは大阪の地層に関する展示が始まります。
大阪市内などは上町台地を除いて海の中であった、ということは大阪高低差学会でも語られて良く知っているだが、そこをもっと詳しく調べて、大阪を形作っている地層から、大阪に過去何があったのか?という分析を行っているのですね。

例えば驚いたことに大阪の地層の中には火山の噴火で飛ばされてきた火山灰の層というものがあるらしいです。

※これはアズキ火山灰層のレプリカ
DSC00698
この様な粘土層と粘土層の間に数10cmも重なって火山灰層がある、というのはかなり大量の火山灰が降ったと言うことになりますね。しかし大阪近辺には現在火山というものはありません。
しかし二上山とかも昔は火山だったというふうに言われていますし、福田火山灰層などは遠く長野から火山灰が飛ばされてきたものだと言われています。ですので例えば鹿児島の桜島なんかとは比べ物にならないぐらい、かなり広範囲に火山の噴火の影響があったのだ、と考えられますね。

そして僕的に一番興味を惹かれたのは大阪の地層を調査した大手前ボーリングコアでした。

※ボーリングコアとはまず筒のような道具を使って地中にそれを突き刺します。するとこの筒の中に土が押し込まれます。その筒を刺す深さはきちんと採寸され、現在は何メートルの位置の土を抜き取っているか分かるようになっていて、その深さに達すると「何mの深さの土」が抜き取られることになる。その抜き取った後の土をボーリングコアという。

DSC00706

これは大阪市中央区大手前で行われたボーリングコアなのですが、2m毎の地層をずらっと並べたものです。こうやってメートル毎に分割し、そこに何があるのか調べていくと地層の中にある化石やその化石などから得られる年代が分かってくるのです。

説明によると、50万年以降は、氷期、・間氷期の周期がおよそ10万年だったらしいです。また氷期が以前より寒冷になり、氷期・間氷期の気温差が大きくなったそうです。そうやって説明を聞くと地球というものが何か大きな「力」によって動かされており、我ら人間などはまさに風の前のチリの様に感じてしまいますね。

さてさて、、、
話は飛びますが、、個人的にはこの化石が見れたのが嬉しかったですね。
DSC00723-1

ここでは詳しい説明が載っていませんが、この化石は昭和46年に枚方市の香里団地の中にあるABCセンター横の空地で中裕香ちゃん(当時小学5年生)が見つけた東洋ゾウの頭部の化石の一部なのです。

香里団地は僕が子供の頃住んでいたところで、ABCセンターというのはスーパーマーケットで僕がアルバイトに行ってたとこなのですね。以前、この化石が同級生の間で話題になっていて(同級生の一人が発見した、と言うことになっていたガセネタです w)「いつかはこの目で見たい!」と思っていた化石なのです。

ちなみにこの発見のあと大々的な発掘調査が行われ、僕の中2の担任だった野村先生もその調査に参加していたようです。先生もお元気なので一度この写真をメールで送ってみようと思っております。

この表もなかなか面白いですね
これは大阪の最終氷期にどれぐらいの植物の種類があったか、を示す表です。
DSC00746

マツ、モミ、トウヒなどの針葉樹林がその多くを占め、落葉広葉樹林の姿がすっかり無くなっています。
こうやってボーリングした結果を分析し、表にするとその時代の気候及び環境の変化が非常に良く表れているのがわかりますね。

現代はいったいどういう時代なのか?

現在は間氷期でとっても温暖な時代です。
最終氷期がピークは1万5千年前でその後、だんだん暖かくなっていき、現在は「後氷期」らしいです。
我々人類はこの温暖な時代にもっとも適した(適するようになった)「生物」と言えるのかもしれませんね。

ではそんな間氷期の今現在だが、氷期の「名残り」が残っているところがあるという。
DSC00774

上記の絵は「氷期」「現在」「温暖化後」という文字と図があり、「コエゾゼミを例にシミュレーション」という風に書いてある。

そして上の説明では

日本アルプスや北海道で見られる森林限界より上の「高山帯」でなくとも、近畿の高い山の上だけにすむ生物はすべて「氷期の遺存である」といって良い。

と書かれている。

つまりは氷期では広くその生物はすんでいたのであるが、温暖化が進むにつれて寒い所、寒い所へ移動し、山の高いところ高いところに移動することになる。かと言ってセミなどは遠くに飛んでいけるはずもないので、近くの山の高いところへ移動することになるのだと思われます。

そして最後のパネルには以下のように書いてあります。

DSC00781

我々人類が生まれて地球の環境を大きく変えようとしています。
これは果たして地球にとって良い事なのでしょうか、それとも悪いことなのでしょうか?

その答えが出るのはきっと何万年先のことかもしれないし、10年後、なのかもしれませんね。

「氷河時代」というのはどういう展示なのか?と思っていましたが、実はこの様な地層から読み取ることができる生き物や植物の変化を通してさらにその時代の気候の状態をも知ることができるというかなり壮大でわかりやすい展示でありました。


藤田川はどこから“来た”のか?

toudagawa-1

僕の故郷である枚方市の香里ヶ丘には不思議な川が流れている。
その決して大きくもなく、綺麗でもない川の名前は「藤田川」という。
その名前「藤田川」は本来の川としての名前よりもむしろバスの停留所(いろんなルートのバスがここを通る)もしくはバスの車庫としての名前の方が馴染みがあるのではないか。

なので「藤田川」というとバス停を思い浮かぶのは地域の人なら普通のことである。

藤田川本流を見てみる

ではこの藤田川の何が不思議なのだろうか?

まずはこの地図の1番を見ていただきたい。これは藤田川の本流だと思われる。
このE19の西側辺りから「始まる」藤田川は少しだけうねりながら北に向かって流れていく。その後ゆるやかに右に折れながら最終的に天の川に合流している。

この川で遊んでいる子供はたぶん皆無。魚もあまりいないだろうし、サワガニなどいる由もない。
またあまり深くもないので浮き輪を片手にバシャバシャ泳ぐなんてあり得ない。つまりは「遊びで使う川」では無いのだ。

そんなあまり愛着の湧かない藤田川本流だが、E19号棟の横から突然現出している。まさに唐突に。

ではこの「始まり」のその前には何があるのか?

香里ヶ丘CONOBAを流れる川

次に2番を見てみましょう。

けやき通りに沿うように小さな小川が流れています。

現在では香里ヶ丘CONOBAというショッピングセンターの中をまるで人工的に水を流しているかの様になっておりますが、この「流れ」は人工のものではなく自然の水(川)を利用して、それをショッピングセンター引き入れている様な感じにしているのです。
そしてその小さな川は最終的に藤田川に合流している。

しかしその川の「始まり」もどこなのだろうか?
確かに地図で見るとピーコックの東側から「発生」しているように見えるが、もちろんここから水が湧き出ているわけではないはずだ。

開成小学校前を流れる川

そして最後に3番を見てください。
僕が住んでいたA27号棟の前に流れていた川で、藤田川と引けをとらない川幅である。
川の向こうには桜の木がずらっと植えられており春になると僕の部屋から花見が楽しめたものである。

この川は枚方保育所の北側から「始まり」、開成小学校の横を通り、香里橋のところで直角に曲がってそのまま真っすぐ流れて藤田川と合流する。

この3の川は桑ヶ谷のところで合流する。
それぞれの川に共通することは川に水が流れている(当たり前か)、そして川の「始まり」(源流)はどこか分からない、ということである。

さて川の始まりはどこなのだろうか??

これらの川の始まりは?

僕のたてた仮説では、それぞれの川の「始まり」は単にそこから見えているだけで、その前には隠されている状態(つまりは暗渠)になっているのではないだろうか、、、ということ。

※暗渠とは

主に給排水を目的として造られる水路のうち、小規模な溝状のものの総称である。そのうち、公共用水域にあるものは「公共溝渠」(こうきょうこうきょ)と呼ばれる。
その状態等により、開渠(かいきょ)・明渠(めいきょ)、暗渠(あんきょ)、側溝(そっこう)などと呼ばれ、区別される。また開渠と暗渠を総称して管渠(かんきょ)と呼ばれる場合もある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%9D%E6%B8%A0

川というのは小さな「湧き水」からはじまり、その湧き水が集まって小川となり、小川が集まって川となっていく。この藤田川を形成する3つの川もそうやって生まれてきているのだと思うんだけど、それがどこから始まっているのが見えてこないし、そこは何からの理由で隠されているのではないか、とも思えてくる。

もちろん下水や生活排水が流れて来ているわけでもないだろうし、工場の排水の様にも見えないとなるとどこか山の一部とか、地下水脈とかそんなところから水が「漏れてきている」と考えるのが自然な考えだと思われる。

そんな「川の始まり」の箇所は少なくとも見えていないのだから、そこには暗渠らしいものがあってしかるべきなんだと思われる。

じゃあ、それぞれの源流はどこなのか?

どうして「暗渠」なるものが作られたのか?

できれば謎解きに現地を訪れてみよう~。


自分ちの海抜を調べてみた

13226663_1291295550900044_4826451961472360428_n

何気に「自分ちの海抜は何メートルやろ?」と思って調べるサイトが有ったのでやってみた。
とりあえず海抜9メートルと入れてポチ。

すると大阪市って上町台地およびその周辺を残して全部9メートル以下なんだなぁ、、、しかも大阪市だけじゃなく門真市、東大阪市、大東市、そして寝屋川市まで青く染まっている(9m以下)。

これで見る限り昔の「河内湖(河内潟)」の名残はそのまんま残っているのだなぁ、、と思わず関心しきり、、


DNAの成せるワザ

DSC_5077

若い頃から「お前、◯◯と似てるなぁ」と言われたことは何回かあった。しかしそれはあくまでも「似ている」という程度であり、まさかこの世の中に自分と「瓜二つ」の人間が存在するようになる、という事は想像だにしなかった。

それがだ、うちの息子の外見は、年を追うごとに僕に似てくる様になり(偏屈な性格は子供の時から似てたのだよ w)、義理の妹が自分の息子の授業参観に行き、ついでにうちの息子のクラスを覗いた時に「お兄ちゃんがおるんかと思った」というぐらい似てたわぁ、と言われたことがあった。「そんなバナナ、、オレがおったら笑うやろ~」とその時は冗談で返したのだが、最近はみんなに「瓜二つ」だと言われるようになってきた。

恐るべしDNAの成せる技。

しかも身長も同じぐらいになってきたし、おいらも身体を絞ってるので体格までもがそっくりになってきた。嫁からしたらこのパンツが旦那のものか、息子のものか、まったく分からない状態である。

もしかして、息子のフリして高校で授業受けても分からんかも・・・
なんて夢想しているのだが、さすがにそれは無いわな(笑)。

しかしだ、、そんなDNAの成せる技にも限界があったようだ。

唯一おいらと似てないなぁ、、と明らかな点。

それは「息子が勉強が良くできる」ことだ。

こらっ!DNA!えぇかげんにせぇ!!

P.S.
写真は運動会で「陸上ボート」というやつの中でダンスを踊っているところでありんす。