「地図さんぽ」(香里園周辺)

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このシリーズ最後の地域、香里園周辺。

まず最初に香里園の由来を、、、

この地図の左端の真ん中辺りに「郡村(こおりむら)」という地名があります。
この「郡」という言葉は京阪電車のサイトでこう説明されています。

「豊潤な穀倉地帯として朝廷により管理・運営され、政治の中心となる役所『郡』が置かれた地。」

この郡村がたぶんそうであったように全国にこの様な「役所」があったのでしょう。そしてこの郡村はその役所の名残が名前として残って場所なのだと思われます。

そしてこの「郡村」に京阪電鉄が「郡遊園地」を作り、その後、西宮にある「香櫨園」という地名になぞらえてその遊園地を「香里遊園地」に変更し、この辺りをという地名に変えたそうなのです。
つまりは「香里園」という地名は京阪電鉄によって作られた、ということなのですね。

その郡村集落の名残は「郡元町」として今でも残っています。

さてその郡村の下に三井村という名前が見れますが、これは今でも名前が町名で残っていますし、この地図の三井村集落は「美井元町」という名前で残っています。

「元町」って言うのは昔の集落があった所、と言う意味合いが強そうですね。

また今の大阪市立高校や成田不動尊はこの時点(明治20年台)では存在しません。場所はどの辺りか現在の地図と照らしあわせた所、どう見ても元々池があった所に作られた、としか思えません。
つまり、容易に確保できる平坦な大きな土地は「池」を潰すことが一番手っ取り早い方法だったのかもしれませんね。

枚方二中と香里小学校のある位置は今の香里ケ丘けやき通りから香里園へ向かう道の脇に作られています。
この地図で見るとそこが谷筋になっており郡村まで続いているように見えます。
ということはこの谷筋に今の148号線(木屋交野線)が作られたのでしょうね。

ちなみに・・・

寝屋川では香里の事を「こうり」と発音し、枚方では「こおり」と発音します。
つまり香里園は「こうりえん」であり香里ヶ丘は「こおりがおか」なのです。

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