金時豆のおもひで

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金時豆、、、この響きを聞くたびにビビビと来るのは、主に子供の頃の記憶に起因するものだから、なのかもしれない。
我が家で金時豆が好きなのは僕しかいなかった。
これは何を意味するかというと、

「母親が金時豆を作ってくれる頻度が極端に低い」

という悲しい悲しい振る舞いをされるのである。

いくら「作ってくれ!」と言っても「アンタだけやし!」と言われてしまうとぐうの音も出すことができず、ひたすら金時豆を作ってくれる「気」になるのを待つだけであった。

そして、気まぐれに金時豆を作ってくれた時には、まだ冷えていないうちからそれを箸でつまみ食いし、叱られるのも織り込み済みであった。また鍋で作られたそれは、当然一日で食べきれず、複数日に分けて食べることになる。そして驚いたことに日を経る毎にそれは水分を蒸発させ味が凝縮し、美味さが頂点に達した時に我慢しきれずに全部食べてしまうのでありました。

しかしある日、フジッコの金時豆をこれまた気まぐれで買ってきた母親。それをすかさず見届け、盗み食いした時の美味しさといったら、母親が作って数日置いていて味が凝縮した金時豆よりも遥かに美味しかったのだ。

う~む、これは美味すぎる、、とつまみ食いしていたら止まらなくなり、結局全部食べてしまうおいら、、、もう節操の欠片もないのであった。どういう製法で作っているのかは知らないが、フジッコの金時豆は甘みと塩加減が絶妙で、しかも皮と中身が一体化しており、分離してしまう母親のものとは一線を画していたのであった。

・・・そんな金時豆が、今週泊まっているホテルの朝食バイキングに並んでいた。もちろんそれを「大人取り」したおいら、、どうかな?と食べてみた味はフジッコ風の金時豆だったのだ!!

毎朝の朝食がにわかに楽しくなった。

金時豆は写真のようにご飯の友として強烈な存在感で輝いている。
「大人取り」して「大人食い」ちょっと気持ち悪くなるけどたまにはいいだろ?(笑)

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